東北LOVERS

米沢でお勧めの観光スポット 徳川家康の大軍に挑戦した上杉氏の城下町

2018年09月06日(木)/山形


豊臣氏の天下を武力で奪おうという野心を持つ豊臣家の重臣でもあった「徳川家康」が、故・「豊臣秀吉」の命令で「越後」から「会津」へ移転させられ石高(91万石→120万石)も増加した為、城造り・道橋の普請など準備をしている「上杉景勝」に、豊臣家に対する謀反の疑いをかけ、「上洛をして申し開きせよ。」と伝達しました。
それに対し、上杉家の重臣である「直江兼続」は、上杉の正当性を主張し「家康」の要求をはねつけた上、「売られた喧嘩なら買おうではないか。」とする「直江状」を送りました。
それで怒った「家康」は、7万人の軍勢(東軍)を率いる遠征軍を組織して東北地方へ向かっていきました。対する上杉家は、「会津」の南にある「白川」周辺に5万9千人の軍勢で待ち構えていました。

戦に臨む直江兼続(

出典:NHK大河ドラマ「天地人」)

その後、近畿で「石田三成」が「家康」討伐の軍勢8万人(西軍)を起こすと、「家康」は東北地方へ入らずにUターンして、「関が原」で西軍を破り天下を事実上我が物とし、「徳川幕府」を設立。撤退する東軍に対し、「兼続」は好機とばかり追撃するよう進言しましたが、「景勝」は「わが軍法に退却する敵を襲う作戦はない。」と言って採用せず、代わりに「家康」に従う隣の「最上」氏の領土へ進撃しました。「家康」を亡ぼす絶好のチャンスだったのに、「上杉」家がなぜ東軍を追撃しなかったのか、疑問であります。
もしかすると、東北軍と西軍との挟み撃ちで東軍が壊滅し、日本史は変わってしたかも知れないのに。「関が原」の戦いの後、敗軍となった上杉家は、「家康」の命令で「会津」(120万石)から「兼続」の領地である「米沢」(30万石)へ縮小移転させられました。
上杉家の方針で家来・財産は従前のままであったので、最初は財政的に困難でありました。江戸中期に、新しい君主である「上杉鷹山(ヨウザン)」が、保守的な家老達を通さずに若い青年達の積極的な意見を直接聞いた結果、新産業の育成・輸出、土地の開発による農作物の育成、質素倹約の徹底等の新たな政策により財政が好転し繁栄を実現できました。出典:ウィキペディア フリー百科事典.jpg”>出典:ウィキペディア フリー百科事典.jpg” alt=”米沢市(

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出典:ウィキペディア フリー百科事典

1.松が岬(マツガサキ)公園

米沢市の中心部分にある「松が岬公園」は、米沢藩が本拠とした「米沢城」の跡地を利用しています。米沢城は、1238年に築城され、1380年に伊達氏の支配下となり、「伊達政宗」はここで産声を上げています。1601年に「上杉景勝」が入城して以来、上杉氏14代が藩主を務め、そのまま明治時代を迎えています。現在、濠や石垣がわずかに姿を留める園内には、本丸跡地に「上杉神社」、「稽照殿(ケイショウデン)」、二の丸跡に「伝国の杜 米沢市上杉博物館」、「松岬神社」、「上杉伯爵邸」等が構えています。

(1) 上杉神社

上杉神社米沢城の中央の旧本丸跡名将の「上杉謙信」を祀る「上杉神社」が建っております。1612年に祠堂を造営し、中央に遺骸、左に善光如来像、右に毘沙門天が安置されました。越後春日城内で逝去した謙信公は、会津を経て米沢に移封される際、遺骸は米沢城内に移されました。大正時代の大火で「上杉神社」はすべて焼失しましたが、その後再建され、現在は春は桜の名所、冬は「上杉雪灯籠(ウエスギユキトウロウ)まつり」の会場として多くの参拝客で賑わいを見せています。

上杉神社

出典:ウィキペディア フリー百科事典

(2) 稽照殿(ケイショウタデン)

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出典:じゃらん

平安~江戸時代の絵画・書・刀剣・武具・仏器・陶磁器・漆器・文書等(*国重要文化財を含んでいます。)を収蔵する「上杉神社」の宝物殿です。「上杉謙信」・「景勝」・「鷹山」や「直江兼続」の遺品・遺墨が中心です。兜の前立てに「飯鋼明神像(ハンゴウミョウシンゾウ) 」を用いた「上杉謙信」の「色々威腹巻(イロイロイハラマキ)」(重要文化財)や、「愛」の文字を施した「直江兼続」の前立ての甲冑もあります。

(3) 伝国の杜(デンコクノモリ) 米沢市上杉博物館

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文化ホールに併設された博物館です。国宝「上杉本洛中洛外図屏風」、国宝「上杉家文書」をはじめ上杉家に関する資料が数多く収蔵されています。常設展示室では16世紀の京都市中・郊外のくらしや文化をCGで再現した「洛中洛外図の世界」や藩政改革で知られる「上杉鷹山」公の功績を映像で表現した「鷹山シアター」など、実際に見て触れて楽しみながら歴史を学べる体験型の展示となっています。企画展示室では、上杉文化の歴史、美術に関する企画、郷土ゆかりの作家や作品を取り上げた展示が行われています。

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出典:じゃらん

(4) 上杉記念館

1896年に上杉氏14代「茂憲」が建てた屋敷を利用しています。池を中心とした庭園は、東京の「浜離宮」に習って築かれたもので、ツツジの季節が美しいです。庭を眺めながら味わう郷土料理も人気です。

(5) 色部長門追念碑

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出典:色部長門追念碑/米沢市役所)” width=”503″ height=”503″ />

出典:米沢市役所

「戊辰戦争」(慶応4年)において、会津救援の為、米沢など東北諸藩は「奥羽越列藩同盟」を結び決起、米沢藩は「色部長門」を総督として越後へ出兵しました。現地で勇戦奮闘するも圧倒的に優勢な新政府軍の前に、「色部」は7月29日壮烈な最期を遂げました。

(6) 餐霞館跡(サンカカンアト)

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出典:山形県観光情報ポータルサイト

名君「上杉鷹山」が35歳で隠居後、11代「治広」、12代「斉定」を補佐しながら、72歳で没するまで暮らした御殿の跡です。跡地の一角が小公園になっていて、園内には「鷹山」の胸像や「なせば成る なさねばならぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」と刻んだ碑が立っています。

2.林泉寺

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「直江兼続」夫婦の墓(

出典:春日山林泉寺じゃらん)

越後の春日山に開かれた長尾家(「上杉謙信」の生家)・「上杉」家の菩提寺で、「上杉景勝」の米沢移転の併せて1617年に現在地に移されました。境内奥には上杉氏2・3・4代の正室、10代の側室達の墓が立ち並ぶ上杉家廟所があるほか、「武田信玄」の6男「信清」、「直江兼続」夫婦の墓も残っています。また、本堂では「上杉謙信」が帰依した「毘沙門天」、「謙信」・「景勝」達の位牌、米沢三名園に数えられた本堂裏手の「池泉庭園」を眺める事ができ、「宝物館」では「謙信」・「鷹山」・「景勝」達の「墨蹟」、唐画「十六羅漢像」等の「寺宝」を見る事ができます。

3.旧米沢高等工業学校本館

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出典:山形県ホームページ

1910年竣工した建物(重要文化財)で、山形大学工学部のキャンパス内に保存されています。ルネッサンス様式を基調にした木造2階建ての建物は、左右の尖塔を配し、外壁に下見板を張ったエキゾチックな様式となっています。正門脇の守衛室に申し出れば、内部(資料の展示されている教室、校長室)も見学できます。

4.東光(トウコウ)の酒蔵

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出典:tripadvisor

「東光」の銘柄で知られる1597年創業の「小嶋」総本店が開いた酒造資料館です。東北地方最大という酒蔵には、「酛場(モトバ)」、「麴室(コウジムロ)」等の作業場が道具や人形を配して再現されており、かつての酒造りの様子を今に伝えています。また、母屋には帳場・茶の間・台所等が見られる明治期の商家を再現しています。他に、「上杉鷹山」関連の資料や、「試飲即売所」も設けられています。

5.米沢織物資料館

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出典:米沢織物歴史資料館

米沢藩を中興した「上杉鷹山」が、藩の産業振興を図る為に始めさせたという「米沢織」を紹介しています。館内には「米沢織」の歴史を紹介する映像や米沢織ができるまでの工程を表した模型の他、高機・いざり機・整経台等の道具類、織られた衣類等が展示されています。また、ご自分でテーブルセンターが織れる体験も行っています。

6.原始布・古代織参考館

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出典:Japan Hoppers

木の皮や草など木綿以前の素材を使った原始布の研究・復元を行っている工房「出羽の織座」が開いた資料館です。移築された機蔵の中に、昔の人が着ていた衣服や紡織具、藤・楮(コウゾ)等の原料、復元品を展示しています。米沢織の源流を紹介するコーナーもあり、初期の「からむし布」から絹織物に変わるまでの流れがよくわかります。

7.宮坂(ミヤサカ)考古館

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出典:宮坂考古館/ホームページ

米沢・置賜(オキタマ)地方の考古・歴史・民族資料が展示されています。中でも米沢藩関連の資料が多く、「上杉謙信」・「景勝」、「直江兼続」、「前田慶次」達のものと伝わる甲冑が目を引いています。“上杉の雷筒”を恐れられた火縄銃もズラリを並んでおり、受付に申し出れば16kg程の火縄銃を実際に持つ事もできます。

8.上杉家御廟所

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上杉謙信公廟(

出典:戦国観光やまがた情報局)

「上杉謙信」公から「上杉斉定」までの歴代藩主が眠る墓地であり、全体の規模は大きい(東西約109m、南北約181m)です。中央奥が「謙信」公、向かって右側に並んでいるのが奇数代藩主、左側に並んでいるのが偶数代藩主となっています。祠堂(シドウ)は質素な造りとなっており、質実剛健な家風が伺えます。お参りしますと、御廟所内部は非常に厳粛な雰囲気でした。

(1) 法音寺

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出典:法音寺/米沢市役所

廟所の前に建つ真言宗の古刹です。本堂には、上杉歴代当主の位牌が安置されている他、「上杉謙信」が戦の度に祈願したという「泥足毘沙門天(ドロアシブシャモンテン)」も祀られています。

9.米沢上杉まつり

「川中島合戦」シーンの再現、上杉軍団行列、民謡流しなどが、4月29日から5月3日にかけて、米沢市立病院の南側の最上川沿いの土地で披露されます。

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「川中島合戦」シーンの再現(

出典:イベントスケジュール:山形県米沢市《米沢上杉まつり》公式ホームページ)

10.米沢市郊外

(1) 小野川温泉

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出典:小野川温泉まちめぐり

米沢市の郊外、大樽(オオタル)川のほとりに広がる落ち着いた雰囲気の温泉で、米沢の奥座敷として親しまれています。戦国時代には傷を負った「伊達政宗」が湯治し、江戸時代には米沢藩の歴代藩主がたびたび訪れたという名湯です。高いラジウム含有量を誇るお湯は、神経痛や美肌効果等に効能があると言われています。温泉街には、15軒の旅館、保養センターの他、共同浴場「尼湯」「滝の湯」、無料露天風呂「小町の湯」もあります。「ホタルの里」としても名高く、6月下旬~7月上旬が見頃です。冬にはファミリー向けの「小野川スキー場」も開かれています。

(2) 笹野(ササノ)観音

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出典:4travel.jp

806年に創建された古寺で、初夏にアジサイが咲き誇る為から“あじさい寺”と呼び親しまれています。境内奥には1843年に再建された茅葺(カヤブキ)の観音堂が建っておりまして、お堂の施された精巧な彫刻が素晴らしいです。笹野の集落は、長い歴史を誇る郷土玩具「笹野一刀彫」の発祥地として知られており、近隣の農家や工房では、「お鷹ポッポ」や「恵比寿大黒」等のお土産が今も作られています。

(3) 天元台(テンゲンダイ)

出典:やまがたへの旅

白布(シラブ)温泉からロープウェイで結ばれた西吾妻山の中腹(標高1350m)に広がる高原です。11~5月頃まで滑走できるスキー場として有名ですが、夏にはグラススキー、テニス、マウンテンバイク等で汗を流す人が多いです。天元台から北望台までは夏山リフト(6月初旬~11月初旬)が運行され、北望台(標高1820m)を起終点にしたトレッキング(一周1時間30分程。コースは、飯豊山・朝日山・月山の眺めが良い「かもしか展望台」→「いろは沼」→高山植物の宝庫となっている「お花畑」→巨石の人形石(標高1964m))も気軽に楽しむことができます。

(4) 白布(シラブ)温泉

出典:Rakuten Travel

鎌倉時代後期に開かれた古湯であります。西吾妻山のふところ深い標高850mに位置しており、大樽川の渓谷沿いの宿が点在しています。旅館は茅葺が良い風情の西屋など6軒であります。その他に、民宿やペンション、温泉入浴もできる米沢市森林体験交流センター「白布森の館」があります。

周辺には、落差50mの「白布大滝」や江戸時代中期の「西国三十三観音」、「米沢藩鉄砲鋳造地碑」等があります。春は新緑・夏は避暑・秋は紅葉・冬は「天元台」でスキー等、豊かな自然の中を散策するのも良いと思います。

※新穂高温泉

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出典:じゃらん

「白布温泉」の南東約2km、標高1126mの山中にある一軒宿の温泉です。背後に西吾妻山、前に朝日連山の望む環境が素晴らしいです。露天風呂のみでありますが、日帰り入浴もできます。