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インドネシア バリ島東部にあるAmed(アメッド)で体験した漁師飯

2019年03月04日(月)/インドネシア

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新しい刺激を求めてインドネシアのバリ島東部にあるAmed(アメッド)というところに行ってきました。Amedは、空港から約1時間半の所にあり、「誰にも邪魔されたくない」という人にはうってつけの場所です。今回はこの地で体験した偶然の出来事を皆さんにご紹介したいと思います。

インドネシアAmed(アメッド)とは

Amedはダイビングスポットとしても知られている場所であり、「南国の自然」と「海」という素晴らしい環境をもたらしてくれます。毎日、綺麗な鳥のさえずりで目を覚まし、太陽に照らされながら、インドネシアの水平線を目にすることができます。南国のため、外に出るととても暑いのですが、ホテルの中は快適で冷房が完備されており、宿泊期間中は朝食のみ無料サービスの所が多く、海を見ながらゆっくりとしたひと時を満喫することができます。

現地の漁師たちと漁へ

ホテル周辺を散策していると、色んな人が果物や土産物を売りに来ますが、筆者は少し変わったアクティビティーに誘われました。男達何人かでインドネシア語で誘ってくるので、彼らの言っていることを必死に理解しようと、スケッチブックを使って理解することができました。

どうやら、漁師達が筆者を自分たちの船に数時間乗せてくれ、現地の漁師たちと一緒に魚を釣り、釣り上げた魚を漁師達が現地の方法で食事をふるまってくれるそうなのです。これが本当であれば、贅沢なアクティビティーだと思いました。いくらなのか尋ねたところ、日本円にして、約500円というので、びっくりしている表情をジェスチャーで表現すると、男たちが「YES」とここだけ英語で言うので、即決で行くことに決めました。

少し男たちを待たせ、半袖とハーフパンツに着替え、男達といざ海へ。

いざ船釣りへ

大船かと思えば、カヌーとヨットを合体させたような少し変わった形の船でした。この船を皆で協力して海に出し、沖合から約2キロ位離れたところで漁師が1本釣りで、小魚や大きな魚を釣り上げていきました。この手法は日本でも見たことがある手法でしたが実際に目の前で見たことはなく、興味津々で眺めていました。とてもシンプルな手法です。彼らは全く英語が話せないので、インドネシア語が話せたらもっと色んなことを尋ねられるのに…と思ったのですが、インドネシア語が話せなくても筆者の釣り好きが彼らに伝わったようで、釣り糸を筆者に手渡してくれ、一本釣りをさせてもらえました。一本釣りは1つの糸に沢山の魚がかかっているので物凄く重く、まるで綱引きを魚としているように感じました。おまけに水圧が手にかかるので、更なる重さを手に感じます。「負けてたまるか!!!」と思いきり歯を食いしばって少しずつ糸を手繰りよせ、魚の動きに合わせて少しずつ引き上げていく…この繰り返しです。魚の振動で糸が指に食い込んでくるので、これが素人にとって物凄く痛く、耐え抜かなければなりませんでした。この闘いにかってこそ、魚を釣り上げられるのだと思いました。「とにかく、最低でも1匹は釣り上げてやる!」と必死にくらいついて、何とか1匹釣り上げると、男たちが「おぉぉぉ!」と歓声を上げて一緒に喜んでくれました。1匹釣り上げることができてとても嬉しかったのですが、涙が出る位、指が痛かったです。

この大変な仕事を彼らは海の状況を見て毎日やっているのかと思うと、頭が下がる思いで一杯でした。彼らの手を見せてもらうと、ごっつくて、日に焼けていて、指の一本一本に魚との格闘の跡が勲章となって残っていました。改めて凄いな…と感じました。

釣り上げたものを焼き魚へ

漁は3時間程で終了。皆で協力して船を沖に戻しました。沢山獲れた魚は皆で食べる分と、漁場に出す分に振り分けて、調理がはじまりました。まずは、釣り上げたものを大胆に串焼きにして焼き魚にしていきます。だんだん、いい匂いが漂ってきます。

良い匂いに誘われて、漁師の子ども達も家から飛び出してきました。環境が良いせいでしょうか。女の子が少なく、男の子が多くて驚きました。

漁師の一人は紫玉ねぎを刻みだし、他の一人は森の中から椰子の木の葉っぱを採りに行き、何やら本格的な準備をしています。「何をするのだろう?」と調理の様子を子ども達と一緒にじっと眺めていました。子ども達は賑やかに走り回りながら親の料理の様子を眺めています。

椰子の葉をいくつかのパターンに切り分けているので、何にするのか段々わかってきました。皿や米を蒸す炊飯器代わりのために採りに行っていたのです。天然の知恵だと改めて実感しました。椰子の葉に米と水を含み30分から40分程蒸したところでお米が炊き上がりました。椰子の香りがご飯にほんのり。いい香りがついています。魚も程よく焼き上がってきました。今回は3つのパターンで美味しくいただきました。

1つめのパターンは、魚を串焼きのままいただきました。魚のサイズは、大きなニシン以上の大きさ(全長35センチ以上)はあったので、これだけでお腹が一杯になってしまいました。しかし、彼らが「もっと食べろ」とまくしたてるので、2パターン目にも挑戦しました。2パターン目は獲った魚をボイルにして、貝や他の魚貝と混ぜあわせて「魚貝サラダ」にしたものです。新鮮な魚介は全て火を通してあるので、程よく炭火味がついており、それがまた魚貝の味を引き立てていました。また、インドネシア風ドレッシングがこれまた美味でした。日本でいう、ピエトロドレッシングのような感じだったのですが、それとは少し違い、ガーリックチップが入っていて、このドレッシングこれだけでも食べ物になるようなドレッシングでした。もし、筆者が少しでもインドネシア語を話せたら、彼らにこのドレッシングに何を入れているのか尋ねてみたかったのですが、片言のインドネシア語すら話せなかったので、まさに「言葉の壁」を感じました。もし、互いに何らかのコミュニケーションを取る手段があれば、何を入れているのか是非尋ねてみたかったのですが、非常に残念に思いました。3パターン目は、ご飯と獲った魚を椰子の葉で包み、混ぜご飯風にして食べました。塩いらず。自然の味だけでいただいたのですが、これがまた美味しいこと。魚の塩味と椰子の葉の旨味がほんのりご飯に染み出ていて、とても美味しくいただくことが出来ました。「もう、お腹一杯!!」と思っていたら、彼らがお酒を持ってきたので、筆者は飲めないとジェスチャーをすると、コーラを持って来てくれました。彼らは瓶のお酒。筆者は瓶コーラを飲んで、一休みしました。

インドネシア人の家庭環境にもよるようですが、家族が多い家庭は、机でご飯を食べず、地べたに座り、家族皆であぐらをかいて、手でおかずやご飯をつまんで食べるようです。筆者も彼らのしきたりに習い、ずっと地べたに座り、彼らが楽しんでいる様子を眺めていました。

食後は踊りを

しばらくすると、音楽が鳴り始め、皆で楽しく踊り出します。はじめて聞いたインドネシア風の音楽でしたが、彼らの動きを筆者も真似しながら、踊っていると、子ども達も一緒に笑いながら踊りに加わってきます。言葉は通じませんが、皆で笑ってそれだけで楽しくて、面白い。男たちも手拍子で音楽を聞きながら踊りを盛り上げます。

漁に出て、お腹一杯ご飯を食べて、皆で踊って…何とも贅沢な一日で、気付いたら23時を回っていました。それでも、子ども達は元気だったので、そんな時間になっていたのをすっかり忘れてしまっていました。

慌ててカバンの中から「旅の指さし会話帳2 インドネシア(インドネシア語)[第3版]」を引っ張りだして、「学校は?」と男の子たちに尋ねると、「ある」と言っているようで、「ごめんね」と言ったら、素敵な笑顔でニコッと笑っていました。漁師の家族の皆さんにも「そろそろ帰ります」と伝えると、思い切り引き留められましたが、「また来るから」と約束して、お世話になった代金を支払って、失礼することにしました。

出典: 情報センター出版局(第3版)

Amed(アメッド)で漁師体験を経て

それにしても、彼らの1日がかりの素晴らしいおもてなしには大満足でした。日本円にして約500円のおもてなし。それは、あまりにも安すぎだと感じ、約2000円程支払って失礼しようとしたところ、1度彼らは「間違って手渡したのだろう」と返金しようとしましたが、筆者が彼らにもう一度手渡すと、彼らが目を丸くして大喜びしていました。後から知ったことですが、インドネシア人の月収は都市だと3万円程。地方だと1万円といわれているそうです。それで大喜びしていたのだと知りました。特にインドネシアはアジアの中で貧困率が高い国として知られているため、少しでも彼らの家計の足しになれればそれで良かったと思います。

日本であれば、クルージングだけで1万円はとられ、飲み物代や食事などを含めると更に1万近くは直ぐに飛んで行ってしまうので、これらを考えると、インドネシアの相場では約2000円位が妥当だろうと考えてしまったのです。しかし、彼らにとっては、物凄い大金が1日で入ってしまったようで、彼らの方が驚いていて、思い切り感謝されてしまいました。しかし、感謝する方は筆者のほうで、一生に残る楽しい思い出が沢山出来ました。

またインドネシアのバリ島に行く機会があれば、もう少しインドネシア語を話せるようになって、今度こそオリジナルドレッシングの作り方を彼らに習ったり、他の漁師飯の作り方を教えてもらいたいと思います。