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エクアドルの首狩り族と死者への思いを知る旅

2019年02月27日(水)/エクアドル

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エクアドルに行くと、様々な特色を持ったエクアドル人の方に出会うことができます。民族衣装を着ている人は、「インディヘナ」と言われている人たちで、彼らや彼女達の美しさに心奪われるものがあります。しかし、彼らと会話をしていると、同じ人種同士で差別にあうことも多いようで、年に何度かデモ行進に参加しているとのこと。現在も偏見や差別に苦しんでいる実情を知ることができました。

さて、エクアドルで有名な観光名所の一つに“Ciudad Mitad del Mundo”(赤道記念公園)があります。勿論、この記念公園も立ち寄ったのですが、この記念公園のそばに別の博物館があることを地元の方が教えてくれ、手書きの地図を頼りに歩いて行ってみることにしました。20分位歩いたでしょうか。行ってみると明らかに「怪しい」と感じた博物館でした。

完全に個人経営でやっているような小型の博物館でした。ですが、原住民の方が明るく親切に迎え入れて下さり、また来客者が筆者だけだったので、付きっ切りで贅沢なガイドをしてくれました。そこには、原住民の生活様式がわかるパネルや衣装、巨大なアナコンダ(大蛇)の抜け殻。首狩り族(ヒバロー族)と闘った時の戦利品等、数多くの品々が飾られていて、謎めいたものや、尋ねてみなければわからない物がいくつもありました。

その中のパネルの1つに筆者は釘付けになってしまいました。「これは何ですか?」と尋ねると、「首狩り族の干し首作りのレシピですよ」と教えてくれました。確かによく見てみると、先祖や敵の首を遺体から切り離し、生首を大釜に入れて煮込んで、小さくしていく手順を図式化した物だということがわかりました。

「何故こんなことをするのですか?」と尋ねたところ、館長さんは「簡単に言ってしまうと、「死者への敬意です」とのこと。それにしても、大きな頭が大人のこぶし大まで小さくなっていく過程が不思議で仕方がありませんでした。館内には現物の首狩り族が作った貴重な干し首が展示してあったのですが、どれも口を縫い合わせてあります。「どうして口を縫ってあるのですか?」と尋ねたところ、「死者の魂が抜け出ていかないようにという意味と、敵の場合は、敵の魂が悪さをしないようにという意味も込められています」と教えてくれました。彼は実際に、干し首を作る過程を見たことがないそうですが、彼らの祖先が実際に作る過程を見たことがあるそうで、その過程を先祖が伝承したそうです。そのため、この博物館には現在も貴重な過程がパネルになって残されています。彼は首狩り族しか知らない特殊なハーブを使い、大鍋に生首と液体を浸し、徐々に小さくしていく様子を実際に見てみたいそうですが、「僕が行ったら自分の首を切り取られて殺されてしまうでしょうね」と大笑いながら話していました。彼の先祖は民族闘争で命を落とし、ガイドの彼は生き証人だということを教えてくれたのですが、頭がい骨を失くしてしまうと、こんなにもこぶし大にまで小さくなってしまうのには終始驚きを隠せませんでした。

さて、ヒバロー族は、先祖の干し首は供養の為、大切にし、敵の場合は「友好の証」として、海外からのお客様の献上品になりました。ヒバロー族は、このやり取りの中で、相手が善人か悪人かを見極めていたそうです。このことから、「首狩り族」と聞くと、恐ろしい印象を受けますが、ヒバロー族自身は、決して悪い民族ではありませんでした。しかし、来客者が干し首を不愉快に感じたり、信頼の情を示さず、彼らの生活圏を攻めてきた場合は、戦いになったといいます。

また、館長曰く、彼らは「霊魂を束縛するために用いた」と述べていました。彼らは主に「3つの霊魂」を信じていたそうです。1つめはMésak(ムシアク) アルタムによって守られていた人間が殺害された時に現れる、復讐の霊。2つめはWakani(ワカニ) 死後も蒸気となって存続する、人間固有の霊。3つめはArutam(アルタム)「幻影」あるいは「力」の意味。非業の死から人間を保護し、その生存を保障する霊です。しかし、復讐の霊ムシアクがその力を振るうのを妨げる時、ヒバロー族は敵の頭部を切り落とし、干し首にしていたといいます。もし、敵の首が手に入らない時は動物の頭を代用して、霊魂の束縛をしていました。

しかし、この干し首は更なる戦争を巻き起こす「火種」になってしまいました。なぜなら、この干し首に興味を持ったヨーロッパ人達はヒバロー族に度々会いに行き、干し首1個に対し約25ドル程で取引するようになった為、同じように干し首を作る他民族と民族戦争が勃発するようになってしまったのです。そのため、外貨の獲得で殺し合いが始まり、国家を巻き込む事態にまで発展することになったといいます。

干し首は本来、死者を弔うもの、霊魂を束縛するものであったのに、いつのまにか献上品に発展し、外貨獲得のための火種となったことから、政府が介入し、取引中止となりました。その結果、部族間対立はなくなったといいます。そこで館長に気になることを尋ねてみました。それは「現在、干し首は作られているのか」ということでした。彼曰く、「先祖のものは現在も作られていると思うが、敵の干し首は、戦争が行われていない為、作られていないと思う。でも、猿や動物の物は現在も作られている」という答えが返ってきました。いずれにせよ、人の魂が入ったものを他人に売る行為は良くないことは当然のように感じますが、昔は目先の欲にかられてしまい、自制心を失ってしまったことが、結果として悲劇をもたらすことになったことがわかりました。

博物館を巡る中で、彼に「日本人には昔、切腹の後、刀で斬首される刑があった」という話をしたところ、彼はその話を知っていて、「はらきり」と言っていました。どうやら、「はらきり」という言葉は万国共通語のようです。ですが、ヒバロー族の「干し首」と日本人の「斬首」は少し違った意味があり、日本人の腹切りや斬首には「潔い死」や「死に対する美しさ」があるが、ヒバロー族の場合は「宗教的な理念」と「死者に対する恐れ」があるので、そこのところが日本人の首切りの違いだと思うと、彼が語ってくれました。また、彼自身の見解ですが、「遺体を金儲けに使ってはいけないと思う」とはっきりと意見を述べていたので、その点については彼も筆者も意見は一緒で、互いに「民族の人口減少は神の祟りだね」と言っていました。

結果として、この博物館から得られた貴重な情報は、首狩り族(ヒバロー族)は元々友好的であり、宗教的な目的で干し首を作っていましたが、それがいつしか友好の証の献上品が商売品へと変化し、戦争が勃発する結果になってしまいました。結果的に干し首をつくる部族同士で対立が生じ、悲劇的な結果を招くこととなったことが解りました。最後に、この干し首をエクアドル以外で見れる場所があるのか館長に尋ねてみたところ、イギリスのPitt Rivers Museum、アメリカのLightner Museum等に保管されていることを教えてくれました。もし、このヒバロー族の干し首に興味がある方はエクアドルやイギリスかアメリカの博物館に足を運んでみてはいかがでしょうか。