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九州の伝統工芸品を厳選

2019年12月21日(土)/九州

九州には多くの伝統工芸品があることをご存じでしょうか?暮らしになじみのないものは、それが伝統工芸品であることを知らない人も多いことでしょう。九州に伝わる工芸品は、40種類とも50種類とも言われています。

今回は、そんな九州の伝統工芸品の中からよく知られたものから、知る人ぞ知るものまで厳選してご紹介しましょう!

福岡県

八女提灯(やめちょうちん)

八女提灯1

出典:八女提灯|福岡県伝統的工芸品

江戸時代の町人文化が発達した、文化年間(1810年頃)。福岡県八女郡福島町で創製されたといわれる「八女提灯」。当時は、お墓につるす提灯として発売されました。提灯に描かれていた柄は、ボタンやサザンカといった樹木の花を墨で描いたもので、

さて、この提灯の形は当時、他にはない形として珍しがられ、筑後から博多、北九州にまで広まり、盆提灯として人気になったのだそう。その後、改良を重ね、一条螺旋式という竹ヒゴを提灯の形に螺旋状に巻く方法を考案し、現在の盆提灯の基本の形を作り上げられました。

最近は、その作り方によって、透け感のある和紙が使えるようになり、描かれる図柄もより洗練されてきた印象です。

八女提灯

出典:天神経済新聞

現在は、盆提灯のほか、インテリアとしてシーリングライトや部屋の隅に置く照明器具として使用されています。普段はあまり眺めることがない提灯ですが、機会があればよく見てみてくださいね。

久留米絣(くるめがすり)

久留米絣

出典:久留米絣のハンカチ♪

日本三大絣の一つ「久留米絣」は、福岡県久留米市一帯で作られている木綿製の織物。その技法は重要無形文化財に指定されてます。

もともとは、江戸後期に、当時13歳の少女だった井上伝が、たまたま藍染めの生地に白い点ができたことから図案を考案したのが久留米絣の始まりと言われています。少女が考案した織物が後に久留米潘の特産品にまでなるとは、驚きですね。

この久留米絣は、昭和初期の頃までは普段着の生地として必需品とされて、非常に生産量が多かったとか。その後、洋服が一般的になり、着物が晴れ着としてしか着られないようになり、絣という普段着向けの生地の需要も減少中。

久留米絣スニーカー

出典:cocomi

近年になり、伝統的な技法に現代的な図柄を考案し、スニーカーやポシェット、ワンピースやシャツなどを作り出されています

というのも、木綿性の生地は、現代の気候にもマッチしていて冬に着ても保温性が高く、夏には放熱性が高いという特徴が現在の人に高評価なのだとか。徐々に生活に取り入れられるようになってきました。店頭で見かけたら、その技術高さとデザイン性にぜひ注目してみてはいかがでしょうか。

津屋崎人形

津屋崎人形

出典:アクロス福岡

江戸末期に誕生した「津屋崎人形」は、福岡県福津市の伝統工芸品。素朴な絵付け。子供や干支の人形が作れられています

江戸時代から明治時代にかけて、日本海は商品を売り買いしながら航海した「北前船」(きたまえぶね)が寄港した津屋崎の町。当時あった塩田からの塩の積み出し港として栄え、千軒もの家があると言われるほど家が密集していました。その北前船の船員が、家族へのお土産として買い求めたのが津屋崎人形だったと言われています。

このお話は、内田康夫原作の「化生の海」という小説でも取り上げられているので、ご存じの方も多いかもしれませんね。ドラマ化の際には、実際に津屋崎がロケ地となり津屋崎人形がクローズアップされました。

ごんた

出典:Swings

2017年頃から、「ごん太」や「モマ笛」がメディアに取り上げられるようになり、その独特な雰囲気が注目されています。

また、「ごん太」に久留米絣やニットを着せるアーティストなどとのコラボレーションにより、若い世代に人気が出て、売り切れることも!これからも変貌していく「ごん太」とともに、他の津屋崎人形もじんわりとした素朴なかわいさがたまりません。チャンスがあれば、一度見に行ってみてくださいね。

佐賀県

有田焼

有田焼

出典:goodroomjournal

約400年前から佐賀県有田市周辺で作られている「有田焼」。ゴールデンウィークに人出が多いことでニュースになるので、佐賀県の伝統工芸品の中でも全国的に知られている存在ではないでしょうか。

別名、伊万里焼とも呼ばれています。理由としては、17世紀後半に、東インド会社が買い付けてヨーロッパに広がり、有名な磁器メーカーに影響を与えましたが、その当時に輸出した港が「伊万里港」だったためです。

さて、有田焼には、華麗な文様が目を引く「古伊万里様式」の3つの様式が主流です。それは何かというと、鍋島藩に献上されていた「鍋島様式」、赤い色が特徴の「柿右衛門様式」、金襴手(きんらんで)です。

現代は、そこから独自の色合わせなどを作り上げた窯元が多数あり、焼き物好きにはたまらない作品がずらりと並んでいます。とても高額なものもありますが、箸置きなどの手軽に買えるものもありますから、生活にも取り入れやすい!

陶器市

出典:へえふむ|he-fumu.com

ツウの人は、春の陶器市を「春有田」、秋の陶器市を「秋有田」と呼び、毎回訪れるそうです。焼き物を知るには、とにかくたくさん眺めることと言われています。一日有田の町を散策すると、すっかり有田焼博士になっているかもしれませんね。ぜひ一度、有田焼を堪能しに佐賀県を訪れてみてはいかがでしょうか。

鍋島段通(なべしまだんつう)

鍋島段通

出典:Amazon

今から300年ほど前の華やかな文化が産まれた元禄時代に、鍋島段通も創製。古賀清右衛門という佐賀郡扇町出身の職人が中国人から、段通の製法を学んで作り上げたのが、日本で最初の段通、現在の「鍋島段通」です。

当時は、「扇町毛氈」(もうせん)や「花毛氈」と呼ばれていて、佐賀藩御用達とされて門外不出でした。一般に販売されるようになったのは、明治になってからのこと。鍋島段通は、木綿糸で作られていて、昔ながらの織り機で目の詰まった織り方をします。

鍋島段通2

出典:佐賀県

日本の気候になじむ段通は長く使え、用途にあわせて一畳の段通をいくつも組み合わせて使うことが可能。現在、一軒のみで作られている段通。一度は使ってみたい名品ですね。

長崎県

バラモン凧(ばらもんたこ)

バラモン凧

出典:【公式】長崎観光

長崎県の五島に伝わる「バラモン凧」は、五島の方言「ばらかもん」(活発で元気がある。向こう見ず。などの意味)から名づけられています。

凧に描かれている、鬼との闘いにのぞむ武士の後ろ姿は、羅生門の伝説を図案化したもので、異国的なデザインと鮮やかな色彩が特徴です。悪魔を追い払うようにブーンという音が鳴る藤製の弦が張られていて、この音が厄除け・魔除けになるとして子供に贈る風習があります。

バラモン凧2

出典:バラモン凧 | ぷくぷくこそだて ~たまにハンドメイド

凧あげで楽しむのはもちろんですが、美しいデザインなので、お子さんの御守りもかねて、部屋に飾ってみるのもおすすめです。

三川内焼(みかわちやき)

三川内焼

出典: navermatome

平戸焼と呼ばれることもある「三川内焼」は、慶長3年(1598年)に開窯。透かし彫りや唐子絵(からこえ)などの技法で有名。繊細優美、と表現されています。

19世紀には平戸焼という名称でオランダや中国に輸出されていました。現在は14の窯元が作陶しています。三川内焼は、もともとは「焼物戦争」と呼ばれる豊臣秀吉が行った文禄・慶長の役で多くの陶工を日本に連れ帰ったところから始まり、長く御用窯として栄えてきました。

明治維新後は、一般への販売に転じましたが、作風が庶民にはなじまず、一時期は低迷。その後、元来の卓越した技術と新しいデザインが融合し、現在にいたるまで長崎県の代表的な焼き物として伝統を伝え続けています。

白地に藍色で模様を描くという基本を守りつつ、斬新な器の形や、普段使いにできるデザインの食器などがあり、土鍋専門という異色の窯元も人気。

難しい技法の卵殻手(らんかくで)は、海外ではエッグシェルと呼ばれ珍重されました。一時は作る人がいませんでしたが、近年になって復興し、内側から外の絵柄が透けて見えるコーヒーカップなどが制作されています。日本では、三川内焼でのみ作られている技術です。ぜひ一度手にとってみてくださいね。

熊本県

山鹿傘(やまがかさ)

山鹿傘

出典:山鹿灯籠浪漫 百華百彩 2009

山鹿市の冬の一大イベント「山鹿灯籠浪漫・百華彩」。メインの装飾をになうのが「山鹿傘」。明治時代の山鹿市は、山鹿灯籠や団扇(うちわ)、山鹿傘などの生産が盛んに行われ、山鹿傘は西日本一の生産地なのだそう。

しかし、和傘の需要がほとんどなくなってしまった戦後に山鹿傘の生産は途絶えました。平成の時代になってから、伝統の山鹿傘を復興される動きが始まり、現在は、若手の職人の方が制作に取り組んでいます。

色鮮やかなものから、しっとりとしたものまでさまざまな絵柄がある山鹿傘は、一度みたら「欲しい!」と思うこと間違いありません。

山鹿傘2

出典:西日本新聞 

実際に使用もできますが、インテリアにしても素敵。山鹿市のお土産店では、ミニ和傘も販売していますので、ぜひお土産がてらいかがでしょうか。

肥後象眼(ひごぞうがん)

かつては武具などの装飾に使われていた「肥後象眼」は、インテリアや装飾品としてその技術が受け継がれています。現在は布目象眼という技法が主流。漆黒の地金に金を入れ込んで作ります。さすが武具に使われていただけあって、気品のある凛とした美しさを感じる工芸品

肥後象嵌2

出典:入賞メダルは肥後鐔をモチーフに、肥後象嵌で桜の花をあしらった …

女子ハンドボール世界大会の公式メダルにも採用。また、漆黒の地金だけこだわらず明るい色を使った新しいセンスの作品にも挑戦しています。

アクセサリーはもとより、クマモンのグッズや文房具などの小物も制作しているので、気軽に身に着けられる工芸品としておすすめ!

鹿児島県

薩摩焼

薩摩焼

出典:茶道具 抹茶碗 薩摩焼 桜-茶道具の通販 芳香園

磁器・白薩摩・黒薩摩の3つの作り方がある薩摩焼。こちらも文禄・慶長の役に参加した島津義弘が連れ帰った80人以上の陶工が開窯。陶工たちは藩内のあちこちで開窯したため、それぞれの作風で展開することとなりましたが、現在は、猪苗代系・龍門司系・堅野系が残っています。

「白もん」と呼ばれる白薩摩は、有田焼や九谷焼のような絢爛豪華な絵付けで海外にも輸出されました。

黒薩摩

出典:AUCfan

「黒もん」と称される黒薩摩は、その名のとおり黒や青流しや玉流しなどの多様な技法。生活食器や酒器が作られています。

薩摩藩御用達だった白薩摩は、明治以降は、華麗な文様のみならず、繊細な透かし彫りなどの技法のすばらしさによって海外で美術工芸品として高く評価されるようになりました。

ちなみに、2月に開催される「窯元まつり」と11月に開催される「薩摩焼フェスタ」。これらの器を購入できます。

本場大島紬

大島紬

出典:JAPANPAGE

1,300年以上前から奄美大島で作られ続けて来た紬は、奄美大島を発祥の地(本場生産地)としているため、「本場大島紬」と呼ばれています。日本の絹織物の中でも最高級品の一つに数えられていて、絹100%であることや手機(てばた)で平織りにすること、など細かく定義付けされた織物です。

染め方は、泥染めや藍染め、草木染など7種類ほどあり、現在は着物だけではなく、マフラーやバッグ、財布、コースターやシュシュと比較的入手しやすい価格帯での作品も制作販売しています。お土産にできる価格のものもあるので、ぜひどうぞ。

薩摩切子

薩摩切子

出典:CAMP FIRE

江戸時代後期から作られ始めた「薩摩切子」は、洋式産業群の一つとした島津家の肝いりの事業。篤姫のお輿入れの際にも帯同品として献上されましたが、薩英戦争時に砲撃より薩摩切子の工場が多大な被害を受け、さらに幕末から西南戦争の動乱の時代に製作が途絶えてしまったのだとか。

当時の技術や職人は東京や大阪へと移動し、江戸切子や天満切子を作るようになったそうです。現存する薩摩切子は200点ほど。それらを参考に昭和60年(1985年)頃から復刻が行われます。ほぼ忠実に技術を再現し、さらに新たなデザインや色の組み合わせなどで魅力的な薩摩切子が作られ続けています。

薩摩切子2

出典:九州旅NET

とても美しいカットがほどこされ、手で触れるのが怖いほどですが、ぜひチャンスがあれば間近で見て大切な方への進物などにしてみてはいかがでしょうか。

宮崎県

高千穂神楽面

神楽面

出典:宮崎:「高千穂神楽面」 (宮崎県西臼杵郡)

クスノキで作られる「高千穂神楽面」は、重要無形文化財に指定されている高千穂夜神楽に使われるお面。開運招福の神として崇敬を集める「手力雄命」(たじからおのみこと)と「天鈿女命」(あまのうずめのみこと)の面を縁起物のお土産として販売しています。

伝統ある技法は、分厚い板をツチとノミで2日かけて作り出すもので、全国的にも少なくなっている神楽面彫師。宮崎県では一軒だけが作っていて、宮崎県の伝統工芸士に指定されました。

神楽面2

出典:じゃらん遊び体験

また、観光用の神楽面の絵付け体験も行われていて、こちらは素焼きの焼き物への色付けできます。高千穂神楽の鑑賞の際には、どちらもぜひどうぞ。

都城大弓(みやこのじょうだいきゅう)

大弓

出典: KOGEI JAPAN

宮崎県都城市近辺で作られている「都城大弓」は、良質な竹で作られた和弓。2メートルを越える大きさの都城大弓は、命中率が高く遠くまで飛ぶ武具として、全国的に有名でした。

また、にぎりの部分には鹿皮の細工などがなされ見ても美しい工芸品としても風格がある姿をしています。現在、竹弓の産地は都城のみ。弓道を習う人々のあこがれの一品です。

弓道大会

出典:Be Happiness / ビィハピ

都城市では、全国弓道大会が毎年開催されていて、都城大弓の展示販売も行っています。機会があれば、その美しい姿を見に訪れてみてはいかがでしょうか。

大分県

別府竹細工

竹細工

出典:明日への扉 by アットホーム

大分県は真竹(まだけ)の生産量が全国の30パーセント以上を占めています。「別府竹細工」は、おもにその真竹使って別府周辺で作られている工芸品。

別府竹細工の歴史

その歴史は、室町時代から始まり、湯治客用のカゴやザルといった生活用品が作られていました。その後、土産物や美術工芸品として洗練され、技術も向上。現在は県によって竹工芸の技術者の育成も行われている大分県の一大産業となりました。別府を訪れると、竹細工が体験できる場所があり、簡単な竹かごなどの制作体験が楽しめるでしょう。

竹細工2

出典:竹のある暮らし”を楽しむために作られた工芸品|バイヤーズ …

また、竹細工の工房などでは、キッチンツールやバッグ、アクセサリーなどの竹細工を購入できますから、別府を訪れた際には、じっくり鑑賞して気に入ったものを探してみてください。

日田下駄

日田下駄

出典:海外でも大人気の日田下駄ってどんな下駄?買える店や値段も調査 …

1830年から1844年の天保年間に、天領だった日田では当時の代官が下駄作りを奨励していたことから発展して「日田下駄」という特産品が誕生。日田盆地で育った良質の杉や松などで作られた下駄は、桐下駄にはない木目などが人気となり、最盛期には日本の三大産地の一つ。

日田下駄

出典:ヒール下駄(大分県日田市)が21世紀職人で紹介!販売店や通販を …

現在は、かかとの高いミュールのような下駄や塗りで仕上げられた下駄など、モダンクラシックな和のテイストとしてファッション性の高いものも制作販売されています。観光客に人気の豆田町にも、下駄がずらりと並んでいますので、ちょっと寄ってみてはいかがでしょうか。

小鹿田焼(おんたやき)

小鹿焼

出典:小鹿田焼の里

大分県日田市にある一子相伝の秘窯「小鹿田焼」。福岡県小石原から近いため陶工を小石原から招いて開窯したのだとか。そのため、技法は小石原の影響が強く、現在も当時の技法を忠実に守った作品を作り続けています。

さて、その技法は、国の重要無形文化財となり、小鹿田地区全体(東京ドーム約3個分の広さ)が重要文化的景観として選定されました。別名、「小鹿田焼の里」と呼ばれてるそうです。

また、陶土をつくために使用する唐臼に落ちるキネの音は、日本の音風景100選にも選出。民芸運動の旗手である柳宋悦や、陶芸家のバーナード・リーチが訪れたことでも知られ、小さな陶芸の里でありながら知名度は抜群です。日常で使われる生活食器と呼ばれる分野の焼き物がほとんど。素朴な「飛び鉋」(とびかんな)と呼ばれる模様は温かみを感じます。

民陶祭

出典:大分県日田市観光課 – 今週末は、いよいよ小鹿田焼民陶祭が2年 …

9軒の窯元。10月に「小鹿田焼民陶祭」が行われます。取り皿や急須など、買いやすい価格のものも多く販売されますので、ぜひ訪れてみてください。

 

九州の伝統工芸品、いかがでしたでしょうか。九州旅行のお土産などの参考になれば幸いです。九州を訪れた際には、どんな伝統工芸品があるか探してみるのも楽しいことと思います。どうぞ、もっと九州の伝統工芸品に親しんでみてくださいね!