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世界遺産 百舌鳥・古市古墳群を巡る旅

2020年03月08日(日)/大阪


世界遺産 百舌鳥・古市古墳群を巡る旅を行いたい方必見。百舌鳥・古市古墳群を巡るモデルコースとしてご紹介いたします。

世界遺産:百舌鳥・古市古墳群の概要

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・百舌鳥古墳群は、下記の六つの古墳が中心です。

  • 仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん) 前方後円墳、墳丘長約525m、最大高さ約40m
  • 履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)  前方後円墳、墳丘長約365m、最大高さ約28m
  •  いたすけ古墳(いたすけこふん): 前方後円墳、墳丘長約146m、最大高さ約12m
  • 御廟山古墳(ごびょうやまこふん) : 前方後円墳、墳丘長約203m、最大高さ約18m
  • ニサンザイ古墳(にさんざいこふん):前方後円墳、墳丘長約300m、最大高さ約26m
  • 反正天皇陵古墳(はんせいてんのうりょうこふん):前方後円墳、墳丘長約148m、最大高さ約15m

・古市古墳群は、以下の七つの古墳が中心です。

  • 応神天皇陵古墳(おうじんてんのうりょうこふん)  前方後円墳、墳丘長約425m、最大高さ約36m
  • 津堂城山古墳(つどうしろやまこふん):前方後円墳、墳丘長約128m、最大高さ約17m
  • 仲哀天皇陵古墳(ちゅうあいてんのうりょうこふん) 前方後円墳、墳丘長約245m、最大高さ約20m
  • 古室山古墳(こむろやまこふん):前方後円墳、墳丘長約150m、最大高さ約15m
  • 仲姫命陵古墳(なかつひめみことりょうこふん):前方後円墳、墳丘長約290m、最大高さ約26m
  • 鍋塚古墳(なべづかこふん) :方墳、一辺長約 50m、最大高さ約 7m
  • 墓山古墳(はかやまこふん) :前方後円墳、墳丘長約225m、最大高さ約21m

古墳群へのアクセス

百舌鳥古墳群の代表である仁徳天皇陵古墳の拝所とその前に広がる大仙公園の正面入口は、JR阪和線・百舌鳥駅で降りて西に徒歩約10分のところにあります。車利用の場合は、阪神高速堺線・堺出口または湾岸線・大浜出口を出て、南東に10分ほど走ったところに位置します。駐車は、仁徳天皇陵古墳拝所の近くの市営駐車場が便利です。(満車の場合は、付近のコインバーキングを探して下さい)。反正天皇陵古墳だけが少し離れていて、南海高野線・堺東駅が最寄り駅になります。

古墳群へのアクセス

応神天皇陵古墳などの古市古墳群は、近鉄南大阪線・藤井寺駅、土師の里駅、古市駅が最寄り駅になります。百舌鳥古墳群と古市古墳群はかなり離れていて、鉄道を利用して巡るのはいささか不便ですが、二つの地域を結ぶバスが運行されています。タイミングがあえば大変便利ですが、平日の運行本数が2本と少ないので要注意です。(土日祝日、観光シーズンは増発されます) 詳しくは、下記URLで確認して下さい。

【主な古墳と周辺観光・グルメ】

主な古墳と周辺観光・グルメ

大阪府から発行されている便利な公式ガイドマップが掲載されています。代表的なお店も紹介されています。参考にされると良いと思います。ただし、道の混み具合や土地の高低差までは書かれていませんので、要注意です。以下、このガイドマップに沿って、役に立つ情報をお伝えしましょう。

(1)反正天皇陵古墳へのモデルコース

南海本線・堺駅~利晶の杜(スターバックス、梅の花)~美々卯~かん袋~堺東~反正天皇陵古墳

南海本線・堺駅東口を出ると目の前に、堺駅と堺東駅を結ぶシャトルバスのバス停があります。反対の西口には、堺で一番大きな「ホテル・アゴーラリージェンシ大阪堺」(元リーガロイヤルホテル堺)があります。部屋が広く設備が充実している良いホテルですが、料金もそれなりにお安くありません。

もう少し料金を抑えたい方には、東口すぐの「くれたけイン南海堺駅前」、そこから少し南に離れた「ホテル・サンプラザ堺ANNEX」、南口近くの「コンフォートホテル堺」、堺東駅近くの「ダイワロイネットホテル堺東」などがお薦めです。駅に近く、部屋もそこそこ広く、清潔で、朝食無料サービスのところもあります。平日なら5,000円前後で泊まれ、コスパに優れたホテルです。

チンチン電車(南海電車阪堺線)

シャトルバスに乗ったら、大小路でチンチン電車(南海電車阪堺線)に乗換えましょう。1日フリーキップを購入すれば乗継自由なのでお得です。(高齢者特典もあります)このチンチン電車は明治45年に開業、その後大阪府下最大の海水浴場のあった浜寺公園と大阪市内を結ぶために大正元年に浜寺公園まで延伸されました。紀州街道に沿って走っているため、庶民の足としても重宝されていました。

しかし、戦後、臨海工業地帯の造成、車社会の到来などにより乗客数がどんどん減り、何度も廃線の危機がありました。それを企業と地元の協力で何とか乗り越え、今も元気に走っています。特に近年はLRT化構想に向けた新型車両の導入など、レトロなチンチン電車も時代の進歩に合わせて姿を変えつつあります。そういう歴史に思いを馳せながら乗ると、旅情も格別です。

大小路から南へ一駅の宿院で降りましょう。徒歩でも大して時間はかかりませんが、折角ですのでチンチン電車の利用がお薦めです。宿院には、堺出身の千利休と与謝野晶子にちなんだ観光施設「利晶の杜」(堺市立歴史文化にぎわいプラザ)があります。施設内では「千利休茶の湯館」と「与謝野晶子記念館」を中心に堺の歴史と文化にふれることができます。また、隣接して和食レストラン「湯葉と豆腐の店 梅の花」とスタバがあり、ランチやコーヒーを楽しむことができます。広い併設駐車場もあります。

利晶の杜

天気が良ければ、利晶の杜でコミュニティサイクルを借りて市内観光するのも良いかも知れません。コミュニティサイクルは市内要所に設けられたサイクルポートで乗り捨てが可能。「利晶の杜」に関する詳しい案内は、URLを参照して下さい。

美々卯(みみう)堺店

チンチン電車の大通りを渡って一本東の通りには、創業200年を誇るうどんすきの老舗「美々卯(みみう)堺店」があります。お値段も一流ですが、旅の思い出にお薦めのお店です。
詳しくは、URLを参照して下さい。

かん袋

その通りを南へ2ブロックほど下がった角に、創業690年と言われるくるみ餅で有名な「かん袋」があります。さほど広くない店内はいつも満員で、外に行列ができるほど。

くるみ餅とは、胡桃(クルミ)を使っているわけでは無く、小さな白玉だんごを独特の風味の甘い餡でくるんであるところから命名されています。東北の「ずんだ餅」に少し似ています。

特に夏、かき氷を乗せた「氷くるみ餅」は絶品で、何杯もお替りする人がいるほど。早ければ3時頃には売切れてしまいます。詳しいお店の情報は、URLを参照して下さい。

南宗寺

かん袋の東南に1557年創建の臨済宗の古刹「南宗寺」があります。時間があれば是非立寄って頂きたい観光スポットです。千利休もここで修業したことがあるそうです。織部焼で有名な古田織部の手による庭も有名です。詳しくは、URLを参照して下さい。

かん袋の最寄りのチンチン電車の駅は、寺地町です。大小路まで戻りましょう。大小路でシャトルパスに乗換え、堺東駅を目指します。

塊肉ステーキ&ワインの店 Gravy’s Factory

途中、山之口商店街入口のバス停を過ぎたあたりに「肉」と書かれた丸い看板が左手車窓から見えます。「塊肉ステーキ&ワインの店 Gravy’s Factory」です。肉好きな方には、是非お勧めのお店です。精肉店が経営しているだけあって、とにかくボリュームがあって美味しい。しかも安い。半個室部屋もあるので、カップルやグループにもお薦めです。詳しくは、URLを参照して下さい。

堺東駅前終点の一つ手前の市役所前で降りて、高層の市役所を右手に見て直進しましょう。市役所角の信号を渡り、駅南にある小さな踏切を超えると目の前に急坂があります。レンタサイクルでは上るのが苦しい場所です。特に夏などは徒歩でも汗びっしょりになります。

反正天皇陵古墳

坂を上りきると右手に、大阪府下屈指の進学校である府立三国丘高校があります。その先を左折すると御陵の拝所の近くに出ます。住宅街に囲まれた静かな古墳が反正天皇陵古墳です。北側が応神天皇の時代に創建されたと言われる方違神社に接しています。詳しくは、URLを参照して下さい。

ここから徒歩でJR阪和線・三国ヶ丘駅に出ることもできますが、一旦堺東駅に戻ることにしましょう。百舌鳥古墳群の他の古墳を訪ねるには、JR阪和線・百舌鳥駅が最寄り駅なので、堺東から南海高野線で三国ヶ丘まで行き、JRに乗換えるのが一番楽です。

提供元:堺市文化観光局

(2)御廟山古墳へのモデルコース

御廟山古墳へのモデルコース
百舌鳥駅~「Café IROHA(イロハ)」~仁徳天皇陵古墳~大仙公園~履中天皇陵古墳~いたすけ古墳~ニサンザイ古墳~御廟山古墳

JR阪和線・百舌鳥駅を降り、踏切を渡って西に向かいます。仁徳天皇陵古墳拝所までは徒歩約10分です。歩き始めて程なく、右手に古墳の緑と市営駐車場が見えてきます。

Café IROHA

市営駐車場に隣接して「Café IROHA」があります。とても雰囲気の良いお洒落なお店で、友達同士あるいはカップルでランチやお茶を楽しむことができます。勿論一人でゆっくり過ごすこともできます。奥に少し大きな個室があり、予約すれば10名程度のグループで集まることもできます。詳しくは、URLを参照して下さい。

仁徳天皇陵古墳

仁徳天皇陵古墳は面積で世界最大、最近の調査では体積においてもピラミッドを凌ぐと言われています。しかし武家に政権を奪われた平家時代以降、天皇家は次第に経済的に困窮し、古墳群も管理が行き届かず荒れて行きました。周濠が埋められたり、田畑や墓所や砦として使われた古墳もありました。

仁徳天皇陵も江戸時代には物見遊山の対象とされ、人が自由に出入りしていました。一番外側の周濠も埋められていましたが、それが修復されたのは王政復古のなった明治時代になってからでした。拝所もその時に整備されました。

太平洋戦争敗戦後も、古墳群には受難の時代。日本の徹底的弱体化を狙った戦勝国によって、日本人の精神的拠りどころである天皇の地位を形骸化する占領政策が取られたためです。皇室財産と皇室予算が著しく削減され、再び古墳群の管理も行き届かなくなってしまいました。
当時日本を支配したGHQの中に、コミンテルンの息のかかった左翼主義者が沢山いたと言われています。

その後も古墳の受難は続きます。戦後の復興と高度経済成長に伴い、乱開発によって次々と古墳が宅地化されて行きました。100基はあると言われていた古墳が、今は14基しか残っていません。大仙公園の整備に関する都市計画は昭和22年に策定されていますが、それが実際に動き始めたのは昭和41年になってからのことでした。その詳しい経緯は、URLの調査報告書にまとめられています。

仁徳天皇陵北端の通りは、古代より「竹内街道」と呼ばれ、旧堺港付近から奈良盆地に至る道幅30mの幹線国道でした。現在のフェニックス通りおよび東に延びる府道や国道に当たります。

古市古墳群のある古市もこの竹内街道沿いにあります。この道をさらに東にたどれば、二上山(にじょうざん、ふたかみやまとも言う)の肩の竹内峠を超えて奈良盆地の一角、葛城の里に達します。

葛城の里は、かつて聖徳太子が館を構え、日本最古の木造建築で有名な法隆寺が建っている斑鳩の里から少し南に下がったところです。古市の近くにも太子ゆかりの地名が残っています。
中国や朝鮮半島の古代王朝の使節が大和朝廷を訪れる際は、瀬戸内海を通って難波津(なにわづ)に至り、陸路でこの古道を辿りました。船上の使節は多分、東の高台に横たわる巨大な古墳群を見て大和朝廷の力の大きさに驚いたことでしょう。

大仙公園

大仙公園

道をはさんで仁徳天皇陵古墳の反対側に広大な大仙公園が広がっています。桜のシーズンには花見客で大変賑わいます。大きなシートやテントを広げても十分なスペースがあり、携帯コンロを持込んで鍋料理やバーベキューを楽しむこともできます。公園内には市立博物館や図書館もあり、一年を通じて市民の憩いの場として賑わっています。市立博物館では、百舌鳥古墳群に関する常設展のほか、毎年企画展・特別展が開催されていますので、古墳群を巡る前に予備知識を得るために訪れると良いでしょう。博物館の詳細については、URLを参照して下さい。

履中天皇陵古墳

履中天皇陵古墳は、大仙公園の南端から道路一本隔てた所にあります。百舌鳥古墳群の中では2番目に大きく、元々二重の周濠を有していましたが、今は一重の周濠しか残っていません。

いたすけ古墳

いたすけ古墳と御廟山古墳は、履中天皇陵古墳から東方、JR阪和線の踏切を越えたところにあります。さらに南東に少し離れてニサンザイ古墳があります。いたすけ古墳もご多聞にもれず、宅地造成目的で破壊の危機にありましたが、市民運動によりかろうじて生残りました。

ニサンザイ古墳

ニサンザイ古墳は反正天皇の空墓と言われていますが、大きさは反正天皇陵古墳よりも大きく立派です。履中天皇陵古墳同様、外濠が埋められ一重の周濠が残るのみです。

御廟山古墳

最後の御廟山古墳ですが、ここも履中天皇陵古墳などと同様、外濠が埋められ一重の周豪しか残っていません。発掘調査の結果、副葬品や石棺も無く誰の陵墓かわかっていませんが、陵墓参考地として宮内庁に管理されています。

最後に、百舌鳥古墳群に関する公式ガイドブックのURLをダウンロードしてご活用下さい。