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「表参道」はどのようにして「日本屈指の流行発信地」となったのか?

2016年04月10日(日)/東京


東京の表参道は今では全国的な流行発信地として知られており、表参道ヒルズに代表される商業施設や流行中のカフェ、高級ブランドブティックなど流行の最先端を発信し続けるお店が立ち並んでいます。

さて、そんな表参道も昔から流行の最先端を…というわけではありませんでした。しかし、日本を襲った「ある出来事」がきっかけとなり、今のような流行の発信地となっていくのでした。

今回は、流行の発信地となった経緯について書いていきたいと思います。

第二次世界大戦と表参道

表参道エリアが流行の発信地に変貌した経緯でまず紹介したいのは、「第二次世界大戦」です。歴史の教科書で学んだとおり第二次世界大戦は1939年に始まった世界的戦争で、もちろん日本も巻き込まれました。

1945年5月。第二次世界大戦の末期のことです。東京への大規模な空襲により、表参道の街も壊滅状態になりました。そして終戦後、アメリカ軍施設のワシントンハイツが建設されたことにより、表参道の道沿いにはアメリカ人向けのお店が増えるようになりました。

東京オリンピックと表参道界隈

明治神宮前駅から原宿駅方面に歩き、さらにその先に行ったところに代々木第一体育館はあります。
ここ、代々木第一体育館は元々は1964年の東京オリンピックの会場として使用されることが目的として建設された施設で、もちろん今でもコンサートやイベントホールとして使用されています。

このオリンピックのイベントで、表参道界隈は「少しだけ」日本から視線を浴びることになるのです…。

1970年代、表参道に風が吹く。

時は過ぎ、1970年代に入ります。1970年代になると、表参道はファッションの街として人々から見られるようになります。

この頃になると、若者が原宿や表参道の街に集うようになりました。それを受けて次第に表参道の街はファッションの街になっていきます。町並みはロンドン風の風景になり、それを見たオシャレな若者が表参道に行って、それを見た若者がまたお客さんを呼んで…という好循環の現象が起こっていました。

今では高級ブランドが立ち並ぶ街としても知られていますが、実は高級ブランドはこの時代から出店していることが多いのです。千代田線の「明治神宮前駅」が開業したのもこの年代です。

また、1980年代には原宿の歩行者天国に「タケノコ族」と呼ばれる族が集うようになります。彼らは中高生が中心となったグループとなっており、ディスコサウンドに載せて派手な洋服を着てステップダンスを踊ります。

ブームの最盛期には2000人ものタケノコ族がいたほか、加えて10万人ものギャラリーが一カ所に集結したことから、休日の「原宿歩行者天国」は身動きがとれないこともありました。

同潤会アパート取り壊し…そして現代へ

表参道

2003年。同潤会青山アパートが取り壊しになりました。たった13年前の出来事です。2006年には新時代の表参道を象徴するかのような「表参道ヒルズ」が建設され、一躍話題になりました。

そんな表参道ヒルズも流行の先端であり続けるために、店舗の入れ替えを行っており、路面店で現在入っているお店で有名なのは「チョコレートチャンクピザ」で有名な「マックスブレナー」やポップコーンの「ククルザポップコーン」などがあります。

特にマックスブレナーは2013年11月にオープンしたため、ある程度の年月が経っているのにも関わらず現在でも、休日になれば「常に満席」の人気がある店舗の1つです。

また、2012年の7月には「東急プラザ表参道原宿」がオープンし、現在でも「bills」や「スターバックス」などでお客さんを呼んでいます。特に、スターバックスは「森の中のスタバ」と揶揄されることもあり、夜でもお客さんが絶えない大人気ショップとなっています。

表参道エリアのこれから

表参道

2020年には、二度目の東京オリンピックが開催されます。と同時に、オリンピックに向けては外国人訪日客が大幅に増加する予定ですので、少なくともそれまでは「流行発信地」として売り出されることは明白でしょう。

表参道エリアは、前途の通り「日本の流行発信地」というポジションに甘んじてしまっていますが、一部では「世界の流行発信地」に持って行こう、というプロジェクトも動き出しています。

実際、「世界の流行発信地」になるための追い風は吹いてきており、原宿の竹下通り前には「MOSHI MOSHI BOX」と呼ばれる外国人訪日客向けのWifiが使用できたり、日本で流行しているお店の縮小版がある観光ステーションがあります。ですので、うまく戦略が当たれば「世界の流行発信地」ともなれるのが表参道なのです。

現在は、隣町の原宿が「カワイイ」文化の発信地となっていますが、表参道も「いつかは」表参道独自の文化を世界中に発信できれば良いですね。それには、個人的には「流行地」だけではない何か他のとっかかりもあればなー、と思っています。